未済卦の上九は、未済卦の最後であり、整部『易経』六十四卦の掉尾を飾る爻です。陽剛の質をもって陰の位にあり、卦の最端に位置することは、未済の局が極致に達したことを象徴しています。爻辞には「酒を飲むに孚(まこと)あり、咎(とが)なし。その首(こうべ)を濡らす、孚ありても是(ぜ)を失う」とあり、これは深遠な意味を込めた終幕です。歓喜の祝杯という楽しみと、度を越した後の沈溺という憂いの両面を描いています。
「酒を飲むに孚あり、咎なし」という前半部分は、誠実な心で成果を享受し、適度な祝杯をあげることは過ちではないと説いています。前五爻の艱難辛苦を経て上九に至ったことは巨大な達成であり、相応の祝福とリラックスは当然の権利です。しかし、話は急転します。「その首を濡らす、孚ありても是を失う」――もし飲酒が過ぎて頭まで濡らす(初六は尾を濡らし、上九は首を濡らすという首尾照応)ようなことになれば、たとえ誠実であっても方向性や準則を失ってしまうのです。
『象伝』は「酒を飲み首を濡らすは、また節を知らざるなり」と、一針見血に問題の所在を指摘しています。頭を濡らすまで飲むのは、節度を知らないからです。「節を知らざる」という言葉は、未済卦が世に送る最後の警世です。易経が未済卦をもって全書を締めくくり、その最後の爻で「節を知らざる」を究極の戒めとしたのは、決して偶然ではありません。それは、人生に真の終着点はなく、いかなる勝利の後にも新しい危機が潜んでいることを教えています。節度を保ち、驕りを戒めてこそ、循環する時の流れの中で常に不敗の地に立つことができるのです。